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◆制作記◆

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ごo(@^▽^@)oい

ふりーむダウンロードデイリーランキング5位に入れましたー!(≧∀≦)

なんか暗い感じだし、あんまり興味持ってもらえないかと思ったけど
せっかく縁あってダウンロードしてくれた方には
ぜひ最後までやってもらえたら嬉しいなぁ

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あのころ

Pixivでオリジナル絵を投稿してる人が
権版イラスト投稿するとめっちゃ人集まってきて高評価されるのに、
オリジナル絵投稿すると全く反応してもらえない
それが悲しくて投稿やめたってブログで書いてて

別の人は絵がそんなに上手じゃなくて
でも描くのが大好きで、楽しいから毎日描いてたのに
投稿サイトとかで他の上手い人が山ほどいるの見ちゃって
完全に自信をなくして絵やめちゃったって書いてて

最初はただ純粋に楽しんでやってたことが
いつのまにか他と比べ、優劣をつけられ、
ランキング順位やいいね!の数字に振り回されるようになって
もう描くこと自体が苦痛になったりトラウマみたいになったりして

そういうことって絵の世界だけじゃなく、
音楽でも小説でもゲーム創作の世界でもあることで
私もそういう位置にいる人間だし、評価とか気にする方なんで
めっちゃ気持ち分かるんですけど

ああ、確かに昔は順位とか全然気にしてなかったなと。
今は新作出すたびに、DL数が
自分の前作を越せなかったら毎回落ち込んでますからね。

作ることが純粋に楽しくて
順位や出来栄え<作る楽しみ
だったあの頃の感覚には、もう戻れないのかなぁ…


年齢制限について2

今制作中のゲームの一つにきわどめの描写があるので
アウトにならないかどうか心配になったため
どこまでの描写がセーフなのかもう一度調べてみた。

近年は同人誌の修正指定が厳しくなってるみたいだけど
よく考えたら美術館には全裸の像が沢山飾られてるし
この前はNHKで裸婦絵画の宣伝が流れてて
夜7時台に普通に全裸の女性絵がTVに映し出されていた。

なら芸術的なものに限りOKなのか?
というとそういうわけでもなく、
旅番組などではアマゾン奥地の少数民族の
上半身裸の女性などがモザイク等なしでそのまま映しだされてたりするし
地方にはチ〇コ祭りといって男性器の巨大オブジェを
みこしで担いで回るみたいなイベントも堂々と行われてたりするし
(普通に考えたらわいせつ物陳列罪)
アニメ放送されたマギでは乳丸出しの女キャラが出てた。

だけど現代のマンガ、ゲーム、イラスト分野では
泡とか湯気で隠したりモザイクかけても全裸はダメ、
乳首はシルエットの描写だけでも年齢制限なしではアウト、
とかいう情報もあるし、
もう何がOKで何がダメなのかよくわからなくなってきた。

一般には、こちらの解説サイトによると
●ダビデ像がわいせつでない理由
http://d.hatena.ne.jp/shinzor/20150111/1420937162
わいせつが取り締まられるのは,みだりに欲情を刺激するからです」
とのことなので、全裸絵や全裸像、全裸人間でも
それほどエロくない(見た人があまり欲情しない)、
かつエロを目的としていないものならOKということかなぁ…

でも作者が完全に芸術のつもりで描いても
見た人の反応によって判断が委ねられるので
ハッキリした線引きができないし難しい問題ですね

RPGとADVの違い

いつもゲーム投稿する時、
RPG(ロールプレイング)なのか
ADV(アドベンチャー)なのか
カテゴリ指定に悩むので、
簡単に2つの違いを調べてみました。

<RPG>
参加者が各自に割り当てられたキャラクター
(プレイヤーキャラクター)を操作し、
一般にはお互いに協力しあい、
架空の状況下にて与えられる試練(冒険、難題、探索、戦闘など)
を乗り越えて目的の達成を目指すゲームである。(Wiki/RPGより)

<ADV>
テキストまたはグラフィックス(あるいはその両方)によって
現在プレイヤーの置かれている状況が提示され、
それに対しプレイヤーが行動を入力すると
行動の結果が提示されるので、
さらにその状況に対する行動を入力……
という操作を繰り返して進めていく、
コンピューターとプレイヤーとの対話形式で構成される。
プレイングに反射神経を必要とせず、
提示される様々な情報から的確な行動を
推理・選択することが求められる、思考型のゲームである。
同じ思考型のシミュレーションゲームやRPGゲームなどとは、
「複数の項目からなる主人公の能力等を表す数値」
が存在しない点で区別される。(Wiki/アドベンチャーゲームより)

簡単にまとめると
RPGはキャラを操作してダンジョン探索やボスを倒す
ドラクエやFFのような感じ、
ADVはテキストと立ち絵などがメインで
選択肢によってEND分岐する感じ、でしょうか。

でも例えば
閉じ込められた館の中で、探索&謎解きメインの脱出ゲーム、
立ち絵やテキストも多めでバトルもあり
とかだと、どのカテゴリにすればいいのか悩みますよね。

その場合のRPG、ADVの区別として見るポイントは
ズバリ「戦闘」「育成要素」。
戦闘によってレベルアップしたりスキルを覚えたりして
キャラクター育成要素があるもの、
育成要素がゲームのメイン要素の一つになっているものはRPG。
戦闘がないものや、戦闘あるけど
育成要素がほとんどないものはADVになるらしいです。

上記の謎解き脱出ゲームだと、
戦闘&育成要素がそれなりにがっつりあって
脱出のラストにはラスボスが待ち受けてる
とかだとRPG、
戦闘はオマケ程度で謎解きやテキストがメイン
ラスボスもなし、だと謎解きADVとなります。

2018年の抱負

●ゲームを2つ以上完成させる
●メンタル強くなる
●後ろを振り返らない
●謙虚になる

2017年はなにかと自分のメンタルの弱さに
振り回されたような年だったので
そのせいで制作作業にも支障がでたりして

でもそんなことでいちいち立ち止まってちゃ
ゲームツクラー寿命が先に終わっちゃうぞ
ということを改めて考え直したりして

自分が才能も頭の良さもないのは十分わかりました
だったらもう自分の限界を悟っちゃったなら
その中の範囲でできることを全力でやるしかない
ゲーム作るの続けるの?やめるの?って聞かれたら
「続ける」しか自分の中には選択肢はないので

出来がどうだろうと評価がどうだろうと
ツクラー寿命を迎えるまでは、淡々と作り続けるのみ
それを貫ける強さと、こんな私に存在意義をくれる
関わってくれる全ての人への
謙虚な気持ちを忘れないようにしたい。


今年を振り返って

今年はゲームを2作品世に出すことができました。
今までで一番がんばった年でもあり、
一番挫折した年でもありました。

全力でやっても、過去の自分を越えられなかったこと、
自分の力量での限界を悟ってしまったこと、
理想と現実のギャップ、色んなことをぐるぐる悩んで
塞ぎこんだり涙したり、精神的に忙しい年でした。

それでもなんだかんだ言って自分は
恵まれているんだとも思えました。
こんなゲームでも、プレイしてくれる人がいて、
バグ報告をくれたり、感想をくれたりする人がいることは
大げさだけど、それだけで「生きてていいよ」
と言ってもらえてるような気がして
もう少しゲームを作っててもいいんだなと
許しを貰えたような気がしました。

ゲーム制作に関わってくれた方、
感想やメッセージをくれた方、
ゲームをプレイしてくれた方の全てに
感謝しています。ありがとうございました。


ゲームは創作者のそのもの

あらゆる作品は自分の投影だと思う。
ゲームもそうで、自分の持ってるもの以上のは創れない。
ダンジョン一つにしても、ファンタジーな雰囲気とか
ダークな雰囲気とか、自分の中にそういう世界持ってないとうまく描けない。

キャラクターも、自分の知りえる人格以上のキャラは作り出せない。
その人物が、その性格になるまでに
どんな風に育ってきたとか、どんな体験したのかとか
そこまで想像できるくらい、色んな人間を見てきてないと
個性ある魅力的なキャラクターなんて生み出せないと思う。

そういうの全部、自分が今まで見てきた世界、
経験してきたこと、出会った人々、全部が作品に投影されてて
だから作品は、自分自身の中身そのものと言える。

クソゲーって言われたんなら、
それは自分自身がクソって言われたのと同じだし、
全く相手にされなかったなら、
それは自分の今までの人生と、積み重ねてきたものが、
取るに足らないものだと言われたのと同じ。
ゲームの批評はすなわち、自分の中身の批評と同じ。

小心者な底辺クリエイターが、ゲーム作品を世に出すことが
どれだけ恐ろしいことか、お分かりいただけるでしょうか

形式は違っても、総選挙とかやってるアイドル達と同じようなもので、
ストレスで過呼吸とかになってる彼女達の気持ちがすごくわかる。
私も作品出した後とか、辛辣なレビュー書かれた時とか
ストレスでゴハン食べれなくなったりしますから。

ハッキリ言って辛いですが、でも作品を出すってそういうことだから
結果は受け止めなくちゃいけない。
それで潰れてしまわないような強さが、続けていくには必要で
だからそんな強さが今は一番欲しいです。